MENU

お願い

当園は、こどもたちの保育を最優先におこなっております。お電話に出るまで、お待たせしてしまうこともあります。
可能でしたら、午前中の保育時間を避け、お昼寝の時間帯(12:30-15:00)にお電話をいただけますと幸いです。

お問い合わせ内容を正確に伺うため
①お名前
②お子さまのご年齢
③保育園を探している旨などのご用件
をお話いただけますと幸いです。

当園へお問い合わせの際は、今一度こちらの内容をご確認いただいた上でお問い合わせいただけますよう、よろしくお願い申し上げます。

電話をかける
栃木県宇都宮市東峰1丁目7-15

先代の思いを受け継ぎながらも、自身の経験から「ヒガシミネ方式」を考案し、マスコミとの苦い経験を乗り越えました


吉沢偉仁(よしざわひでひと)は25歳で園長に就任した際、先代園長(吉澤久子)の「保育内容で日本一になる」という強い思いを受け継ぎました。そして、30年にわたる実践と研究を経て、個を重視した独自の保育法「ヒガシミネ方式」を考案しました。


吉沢偉仁は20数年前、先代の「保育内容で日本一になる」という目標を掲げ、実際に高い評価を受けてきました。多くのメディアに取り上げられ、その活動は称賛されていました。


しかし、12年ほど前に発達障害について発言した際、状況は一変しました。とある新聞社が、園長の意見を十分に聞くことなく、一方的な解釈に基づいた批判記事を掲載し、酷評されたからです。


この経験は、吉沢偉仁にとって大きな傷となり、「マスコミ不信」へとつながりました。特に、記事を書いた地元新聞社を含む2社に対しては強い不信感を抱くようになりました。


その後も、吉沢偉仁はその挫折に屈することなく、自らの信念に基づいて子ども達と向き合うことを決意し、発達障害の子ども達への理解を深めていきました


学級崩壊を防ぎ、保育士の負担を軽減するためにはどうすればよいか、深く考え抜いた結果、独自の教育法「ヒガシミネ方式」を確立しました。そこに、般若心経の「空」の教えを取り入れ、子どもの捉え方を変えることで、保育士の負担を大きく軽減することに成功しました。


この経験は、吉沢偉仁の信念をより強固なものにしました。外部からの批判に惑わされることなく、子どもの可能性を信じ、保育の質を高めることに情熱を注ぎ続けるようになりました


                               


吉沢偉仁がこれまであまり公の場に姿を見せなかったのには、もう一つの理由がありました。


偉仁(ひでひと)という名前には、元首相の菅義偉氏の「偉」や、昭和天皇の「仁」が使われており、その意味の大きさに引け目を感じていたためです。また、珍しい名前であるため個人を特定されやすいことも、人前に出ることを避ける一因でした。初対面の人に「いじん」と間違って読まれてしまうことに辟易し、その読みにくさも人前に出ることへの抵抗感につながりました。

一覧に戻る