園長コラム:私たちが本当に大切にしたいこと
【園長の思い】「教育」=「行事」ではない。私たちが本当に大切にしたいこと
見学会などの折に、行事について質問される保護者の方はとても多くいらっしゃいます。また、当園の保護者の皆様からも「もっと華やかな行事を行ってほしい」というお声をいただくこともございます。
もちろん、行事を楽しみにされるお気持ちはよく分かります。しかし、私は「教育」=「行事」ではないと考えています。先日のシンポジウムでもお話しさせていただきましたが、当園では、単に「見栄えのする活動」を形だけ追うのではなく、子ども達の成長に本当に必要な教育を厳選して丁寧に行っていきたいと考えております。
年中行事は「きっかけ」であって「中身」ではない
多くの園やメディアで、節分・ひなまつり・七夕などの年中行事は「日本文化を学ぶ」「四季を感じる」大切な機会として説明されています。ただ、これらはあくまで教育の「題材」や「きっかけ」にすぎません。
行事そのものよりも、本来大事なのは、次のような“教育の中身”の部分です。
「その行事を通じて、子ども達にどんな言葉かけをするか」
「子どもがどんな体験をし、それをどう振り返るか」
「日常の生活や、周囲の人との関わりにどう繋げていくか」
ここが深まらないまま、形だけ行事を増やしていっても、子ども達の心根や行動の変容にはなかなか繋がりません。
実際、現代の保育研究や現場の声でも、「行事の準備に追われるあまり、日々のきめ細やかな保育が薄くなってしまう」「行事の目的そのものが形骸化している」といった構造的な課題が指摘されるようになってきました。年中行事がただスケジュール通りに並べられているのを目にするとき、私が懸念を抱くのは、まさにこの「形骸化」という部分に対してなのです。
本当に優先すべき「地味で見えにくい基礎教育」
幼児期に、まず土台として育むべき大切なことは日々の生活の中に沢山あります。
・基本的な生活習慣や、きちんとした「躾(しつけ)」
・人としての道徳観や、他人への思いやり
・体をしっかり動かす、毎日の体育・運動
・集中して人の話を聞く力、最後までやり抜く力
こうした「毎日の当たり前」を丁寧に積み上げない限り、どれだけ年中行事を華やかに演出しても、子どもの本当の根っこは育ちません。
ところが現実には、ホームページやニュースレターなどで「写真映えしやすく、アピールしやすい」という理由から、イベントばかりが前面に出がちです。一方で、最も重要であるはずの「地味で見えにくい基礎教育」は、その大切さが軽く扱われてしまう傾向にあります。
私がこの10年ほど抱いてきた違和感は、まさにここにありました。「PRのためのネタばかりが優先され、本当に子ども達に授けるべき教育と躾が後回しになっているのではないか」という問いかけです。これは単なる個人の感情ではなく、今の幼児教育界全体が直面している一つの課題ではないかと感じています。
本物の教育を見分けるときの視点
華やかな行事の裏側に、どれだけ「生きた日常」があるか。それを見極めるためには、次のような視点が大切になります。
・行事の成果だけでなく、日々の生活場面でのエピソードを大切に語っているか
・子ども同士のトラブルやマナー違反に対して、日常の中でどう指導しているか
・毎日の運動、読み書き、集中の時間など、基礎的な積み重ねが毎日行われているか
ここがしっかりしているからこそ、行事は「美しい彩り」として初めて生きてきます。
例えば、公園などの公共の場で大集団で押し寄せ、一般の利用者を追いやるような配慮のない保育を日常で行っていれば、どんなに立派な教育理念を掲げていても絵に描いた餅になってしまいます。そうした日々の何気ない振る舞いや地域住民の皆様への配慮こそ、実は一番見られている部分であり、教育の本質が表れる場所なのです。
当園はこれからも、派手な演出に惑わされることなく、子ども達の未来を支える「本物の日常」を、一切の妥協なく愚直に磨き上げてまいります。