情熱と行動力に満ちた教育者
東峰保育園の二代目園長は、元プロのタップダンサーという異色の経歴を持っています。
その人物像は、揺るぎない情熱、行動力、そして常に新しい視点で物事を捉える探究心によって形作られています。
1. 幼少期から育まれた「表現者」としての才能
吉沢偉仁のダンスへの親和性は、社交ダンスの指導者であった母親の影響が大きいです。中学生時代に器械体操に打ち込み挫折を経験するも、高校生でタップダンスと出会い、その才能を開花させました。札幌厚生年金会館で行われたダンスコンサートでは、ブロードウェイミュージカルで有名な『42ndストリート』の演目で、ひな壇のセンターに立ち、ソロパートを披露しました。華々しい舞台での経験は、現在の東峰保育園における表現教育の基盤となり、子ども達の感性を育む大きな力となっています。
2. 探究心と行動力が生んだ独自のキャリア
吉沢偉仁の人生は、常に探究心と行動力に裏打ちされています。高校時代にソ連の体操選手に感銘を受け、月刊スポーツアイをきっかけに独学でロシア語を学び、(親からは共産党になったのかと)周囲の反対を押し切って単身ソ連へ留学しました。この経験は、その後の人生を決定づける重要な転機となりました。大学時代には、タップダンスのサークルを立ち上げたり、タップダンス教室で指導者としても才能を発揮するなど、何事にも全力で取り組み、自らの手で道を切り開いてきました。
3. 「東峰方式(ヒガシミネ方式)」に込めた教育哲学
25歳で二代目園長に就任後、30年間の実践を経て独自の保育法「東峰方式(ヒガシミネ方式)」を考案しました。これは、子ども達一人ひとりの「できた!」という成功体験を重視し、将来、幸せな人生を歩むための「非認知能力(自立的思考・行動能力)」を育むことを目的としています。特定の教育法に対する批判的な視点も持ち、画一的な指導ではなく、個性を尊重する「令和の保育」を追求しています。また、保育士の個性も尊重し、園全体で教育の質を高めようとする姿勢も特徴的です。
二代目園長の吉沢偉仁は、世間からは「変わった人」と見られることもありますが、そのユニークな視点こそが、東峰保育園の独自の教育を生み出す原動力となっています。物欲はなく経験への投資を優先し、子ども達が安心して過ごせる環境が一番の幸せだと考える、その質素で揺るぎない信念は、子ども達への深い愛情と情熱の表れと言えるでしょう。
タップダンサーから教育者へ
かつてタップダンサーとして舞台芸術の世界に関わっていました。
技術の研鑽:荻野幸久氏の最後の弟子である宮下巴氏に師事し、技術を磨きました。札幌では『42ndストリート』の振り付けを宇海光燿氏にしていただいたのをきっかけに、東京の「TAP IN」で加藤邦保氏に師事し、その後「タップイン宇都宮」を主宰しました。
宇海光燿(うかい こうよう)先生から今度、JAM TAP DANCE COMPANY主催の『THE TAP DANCIN’ 92~気分はジーン・ケリー~』1992年6月18日(木)~6月27日(土)13回公演に出演するからとフライヤーをいただき、すぐに札幌から東京芸術劇場に向かいました。舞台終了後、楽屋に向かい加藤邦保氏に挨拶をして、その夏からTAP INのレッスンに通うこととなりました。
札幌のスタジオに戻り、大塚彩子先生にTAP INでレッスンを受けることを報告し、東京での滞在を相談したところ、快くご長男の健太郎さんのアパートに居候させてもらえることになりました。
舞台での活躍:札幌厚生年金会館でのダンスコンサートでは、ブロードウェイ・ミュージカルで知られる『42nd ストリート』でひな壇のセンターに立ちタップを踏むなど、ダンスへの情熱を持っていました。
師との出会い:フレッド・アステアやジーン・ケリーに憧れていましたが、故大塚彩子氏に師事したことをきっかけにジャズダンスも始め、表現の幅を広げました。英国ロイヤル・バレエ団の熊川哲也氏の札幌公演では『ラ・バヤデール』にエキストラ出演するなど、本格的な舞台経験の機会にも恵まれました。
経験を活かした表現教育
園長は、これらの華やかな舞台経験を、東峰保育園の教育活動に惜しみなく注いでいます。
指導者として:子ども達へのダンス指導や、発表会の演出を自ら手掛けています。
プロデューサーとして:保育士をプロデュースする「子ども・表現活動研究所」を設立し、ミュージカル制作にも力を入れています。
ダンスとの出会い、そして舞台の世界へ
園長のダンス歴は、母親の吉澤久子の影響で、幼少期から始まりました。
園長の吉沢偉仁は、社交ダンスを得意とする母親(吉澤久子)の影響もあり、幼い頃からダンスが身近な存在でした。小学校では発表会で生き生きとダンスを披露し、フォークダンスも得意でした。
中学生時代は器械体操に励んでいましたが、難病が発症してしまい断念せざるを得なくなりました。高校生になってからダンスの道へ。タップダンススタジオ「タップパーティ」で増渕香織氏に師事し、タップダンスを始めました。
静岡の大学では、宮下巴氏(荻野幸久氏の最後の弟子)に師事。学生達とタップダンスサークル「TPU(Tap Party of Undergraduate)」を結成し、学園祭でパフォーマンスを披露するなど精力的に活動しました。このサークルは、大学の垣根を越えて他校の学生を束ねるもので、タップダンスの技術を磨きながら、リーダーシップなどの能力を育んだ重要な経験となりました。
札幌に移り住んでからは、宮下氏から「札幌に行ったらバレエもやりなよ」の助言をきっかけに札幌のスタジオセイビで、タップダンスに加え、ジャズダンス、バレエ、エアロビクスも学び始めました。この時期、スタジオセイビで故大塚彩子氏に才能を見出され、レッスン代を免除してもらうなど、毎日スタジオに通い詰めるほど熱心に練習に打ち込み、表現の幅を広げました。
東京の「タップイン」で加藤邦保氏に師事した後、「タップイン宇都宮」を主宰し、東峰保育園に勤務する傍ら、自身のタップダンススタジオで指導者としても活躍しました。これは、東京のスタジオ「タップイン」で師事した加藤邦保氏から暖簾分けを許されたもので、園長がタップダンサーとして高い技術と指導力を認められていた証です。
この一連の経験が、園長の表現者としての土台を築き、現在の東峰保育園での表現教育へと繋がっています。
タップダンサーとしての活躍
当時は、母である吉澤久子が社交ダンスの指導者であったこともあり、ダンスは幼い頃から身近な存在でした。中学生時代に器械体操を断念した後、高校生になってタップダンスを始め、その才能はすぐに開花しました。
それらの経験は、現在の東峰保育園の教育理念、「本物に触れる」や、子ども達の表現力を引き出す指導に深く影響を与えています。
情熱の継続が育む、未来への力
東峰保育園園長の吉沢偉仁が、高校時代からタップダンスに打ち込み、大学、そして札幌での活動へと繋がっていった情熱は、現在の教育活動の大きな原動力となっています。
この情熱は、武田鉄矢さんの名言「自分を励ましてくれるのは、自分の過去だけである」という言葉が示すように、園長自身が積み重ねてきた努力の証です。
自己を信じる力:厳しい練習を重ね、舞台で演じるまでに至った経験は、「努力は報われる」という確信を心の中に築きました。この確信が、子ども達にも「頑張ればできる」という自己肯定感を育む教育の土台となっています。
挑戦する勇気:未知の世界であったジャズダンスやバレエ、そして保育という新たな分野に飛び込んだ勇気は、子ども達に様々な体験を通じて新しいことに挑戦することの楽しさを伝えています。
園長の経験は、単なる華やかな経歴ではありません。それは、子ども達が将来、困難に直面したときに、過去の努力を振り返り、自らを励まし、次の一歩を踏み出す勇気を持つための、生きた教材となっています。
学生時代のタップダンスサークル主催
札幌では大学在学中、タップダンスの技術を磨きながら、自らタップダンスサークルを主催し、リーダーとして活動していました。この経験は、現在の東峰保育園での運営や、子ども達の表現教育に活かされており、子ども達の自主性や協調性を育む土台となっています。
ミュージカル映画が育んだ感性
園長は、学生時代にフレッド・アステアやジーン・ケリーが出演するミュージカル映画をほとんど鑑賞しました。
友人が学食やカフェテリアでおしゃべりを楽しむ昼休みの時間、一人で学校の視聴覚室にこもり、名作の視聴覚ライブラリーを観ていました。
この経験は、タップダンサーとしての技術だけでなく、表現者としての感性を育む貴重な時間となりました。映画から受けたインスピレーションや、ダンスが持つ物語性を深く理解する力は、現在の東峰保育園での表現教育や発表会の演出にも活かされています。
ミュージカルとの出会いが育んだ舞台人としての感性
園長は、学生時代に多くのミュージカルと出会い、その後の人生に大きな影響を受けました。
MGMミュージカル:『That’s Entertainment!』をはじめとするMGMミュージカルを特に愛し、学生時代は一人で視聴覚室にこもり、ジーン・ケリーやフレッド・アステアの映画を観ることに熱中していました。
劇団四季との出会い:大学の授業で劇団四季の『キャッツ』が取り上げられ、実際に札幌のキャッツシアターで観劇し、深い感銘を受けました。この経験がきっかけとなり、その後も度々劇団四季の舞台を観るようになりました。
志を共にする仲間:札幌のスタジオセイビでは、劇団四季を目指す多くのダンサーたちとレッスンを受けることで、技術だけでなく、高い志を持つ仲間から多くの刺激を受けました。
これらの経験は、自身のタップダンサーとしての技術を磨くだけでなく、物語を表現する力や、舞台芸術への深い理解を育みました。その情熱と経験は、現在の東峰保育園の教育理念や発表会の演出に深く活かされています。
才能の開花と情熱の継続
吉沢偉仁は、大学生時代に宮下巴氏に師事し、タップダンスの技術を磨きました。この時期、学生サークルを主催するなど、ダンスへの情熱はますます高まりました。
札幌に拠点を移すと、スタジオセイビで故大塚彩子氏にその才能を見出され、レッスン代を免除してもらうという異例の厚意で指導を受ける機会を得ました。この出会いをきっかけに、タップダンスだけでなく、ジャズダンスやバレエといった幅広いジャンルに触れ、表現者としての深みを増すことができました。
経験を活かした教育への還元
このような華やかなダンス経験は、現在の東峰保育園の教育活動に深く反映されています。
園長は、自らの経験と情熱を子ども達に伝えるため、ダンス指導や発表会の演出を手がけています。これにより、子ども達はただ体を動かすだけでなく、表現する楽しさを知り、豊かな感性や表現力を育むことができるのです。
園長のユニークな経歴は、東峰保育園の教育を特別なものにし、子ども達の成長に大きな影響を与えています。
ダンス指導と演出:タップダンスやジャズダンスで培った表現力や技術を、子ども達へのダンス指導や、毎年開催される発表会の演出に惜しみなく注いでいます。
「子ども・表現活動研究所」:保育士をプロデュースし、ミュージカルなどの舞台制作を行う会社を設立しました。これにより、子ども達はプロの音楽家や演技指導者といった「本物」に触れる貴重な機会を得ています。
このように、園長の幼少期からのダンスへの関心と、継続的な努力、そして才能ある師との出会いによって磨かれた表現スキルは、東峰保育園の教育の大きな強みとなっています。
「変わった人」から生まれる独自の教育
東峰保育園の園長は、自身のユニークな発想や活動から「変わった人」「不思議な人」と言われることが多々ある一方で、「なぜ一般の人は発想やイメージが湧いてこないのだろう」と不思議に感じています。
この個性的な視点こそが、東峰保育園のユニークで質の高い教育を生み出す原動力となっています。園長の多岐にわたる経験と独創的な発想は、子ども達の可能性を最大限に引き出し、彼らが将来、多様な価値観の中で自分らしく生きていくための土台を築いています。
常識に囚われない自由な発想力こそが、独自の保育の根幹をなしています
常に張り巡らされたアンテナ:テレビやラジオ、様々なメディアから常に情報を集め、それを保育に活かす発想を巡らせています。これは、子ども達に多様な体験を提供するための、尽きることのないアイディアの源となっています。
「経験」の重要性:カヤック、自転車旅行、舞台人としての活動など、園長自身が多くの経験を重ねてきたからこそ、子ども達にも様々な体験をさせることが重要だと考えています。
このように、自由な発想と多様な経験を重視する姿勢は、子ども達の個性を尊重し、その可能性を最大限に引き出すという、現代の保育において極めて重要な要素となっています。