一斉保育と主体性について
幼児期は何でも面白く捉えることができるため「わからなくても面白い」と感じながら学べる
「教育は20年先を見て行うもの」という考えに基づき、幼児期からの『論語』教育を取り入れています。
『論語』を幼児期に学ぶ理由
園長は、『論語』を幼児期に学ぶことが最適だと考えています。
・「学習」の喜び:「学びて時に之を習う。亦た説ばしからずや」という『論語』の冒頭の句から「学習」という言葉が作られました。これは、嫌なことを我慢して行う「勉強」とは異なり、「学習」は学んで習うことそのものに喜びを感じさせるものだとされています。
・幼児期の特性:昔は幼児期から『論語』を学んでいた歴史があります。
嫌なことを我慢してやるの「勉強」に対し、幼児期は何でも面白く捉えることができるため、「わからなくても面白い」と感じながら学べるという特性があります。この時期に論語に触れることで、子どもたちの知的好奇心や学ぶ喜びを自然に育むことを目指しています。
一斉教授のような昔のやり方ではなく、「子供の好奇心をくすぐり、自らのリズムで学べる環境を作ることがよき指導者の役割」と考えています。教育は20年先を見て行うものとして、活動の見直しをかけているところです。
一斉保育からも生まれる主体性
一斉保育の環境でも、子どもの自主性や自発性を育むことは可能です。近年、保育の現場では「させる保育」から「主体的保育」への変化が求められています。
一斉保育とは
一斉保育とは、クラス全員が同じねらいのもと、同じ活動に取り組む保育方法を指します。保育士が設定したねらいに沿って、全員で絵を描いたり、ドッジボールをしたりするような活動が一般的です。多くの場合、小学校との連携を考慮して取り入れられています。
一斉保育の課題点
一斉保育では、保育士の意図するねらいから外れると、子どもに指示をしてしまうことがあります。これにより、子ども達が自分の考えを表現する機会が減り、自由な発想が生まれにくいといった課題が指摘されています。保育所保育指針や幼稚園教育要領の改定により、過去の「教える・させる教育」ではなく、子ども達が予測不可能な社会を生き抜く力を育む「主体的保育」が重視されるようになりました。
一斉保育で主体性を育む方法
一斉保育の環境でも、子ども達の主体性を引き出す工夫は沢山あります。
「共主体」の保育:子どもと大人の主体性がバランス良く共存し、共に学び、成長し合う「共主体」の保育が提唱されています。これは、子どもの発達段階や個人差を把握し、子どもの最善の利益を考えて大人が行動することを意味します。
多様性の尊重:「みんな違って、みんないい」という考えのもと、一人ひとりの子どもが、その子らしさを肯定できるような関わりを持つことが、自己肯定感を育み、生きる力を育てる上で大切です。
主体性を育むための保育士の役割
一斉保育であっても、保育士は「子ども主体は必ずできる」という考え方を持つことが重要です。子ども達の意見を受け止め、「あなたはそう思うのね」と認める経験を培うことで、話し合いの中で友達の考えを知り、最適な解決策を模索する力が育ちます。また、「主体的保育」は単なる放任ではなく、集団生活の秩序やルールの範囲内で、子ども達が主体的に遊べるよう意図的に保育を行うことが求められます。
一斉保育の歴史的背景は?
一斉保育は、日本の保育の歴史の中で長く採用されてきた保育形態で、その背景には社会的なニーズや教育観の変化があります。
一斉保育の歴史的背景
一斉保育の歴史的背景は、明治時代以降の日本の教育制度や社会状況と深く関連しています。
黎明期(明治~昭和初期)
日本における保育の始まりは、産業革命期の婦人労働の増加による育児困難を背景に、民間篤志家による救貧・慈善事業として、貧しい家庭の子ども達を預かる託児所が創設されたことに遡ります。当時、幼稚園は、大都市を中心に普及し、1899年には文部省により「幼稚園保育及設備規定」が制定され、近代的な幼稚園制度の基礎が固まりました。この時期の保育は、未発達な子ども達の社会性を養い、集団生活の秩序に順応させることを重視する考え方が存在しており、一斉保育の基礎が形成されたと考えられます。
変革期:大正時代(自由保育の台頭)
大正時代には、画一的な教育への批判が高まり、子どもの自由な遊びを尊重する「自由保育」の考え方が提唱され始めました。東京女子師範学校附属幼稚園の倉橋惣三が、形式化されたフレーベル主義を批判し、子どもの生活に基づいた保育(誘導保育論)を唱えるなど、子どもの自主性を重視する動きが現れました。
戦後~高度経済成長期
第二次世界大戦後、1947年に「児童福祉法」が制定され、保育園の法的根拠が明確化されました。この法律は、戦禍や社会状況の変化の中で、子ども達が健やかに育つことを保障する理念に基づいています。
確立期:戦後~高度経済成長期(一斉保育の普及)
第二次世界大戦後の1947年に「児童福祉法」が制定され、保育園の法的基盤が確立しました。高度経済成長期に入ると、女性の社会進出が進み、保育園の需要が増加しました。この時代には、効率的に多くの子どもを保育する必要性から、集団全体に指導を行う一斉保育が広く採用されました。集団生活の中で協調性を育み、小学校教育へのスムーズな移行を促すという視点からも、一斉保育が重視されるようになりました。しかし、この時期の一斉保育は、保育者が子ども達の興味や感情を失わせる活動であるという誤解を生むこともありました。
現代の保育との関連
現代では、保育所保育指針や幼稚園教育要領の改定により、子ども達の「主体性」を尊重する保育が重視されるようになってきています。しかし、一斉保育が完全に否定されたわけではなく、集団で目標に向かって取り組むことの楽しさや、協調性を育むといった一斉保育のメリットも依然として認識されています。集団一斉活動は、各時代の社会的背景を取り入れながら議論され、日本の保育における独特の形態として発展してきました。
一斉保育の変遷は?
一斉保育は、日本の保育の歴史において、社会の変化とともにそのあり方が議論され、変遷してきました。
一斉保育から自由保育へ
一斉保育の形態は、明治時代に日本で初めて設立された幼稚園(東京女子師範学校附属幼稚園)で採用された、フレーベルの教育方針に基づく保育が始まりとされています。当時の保育は、恩物(教材)を使った画一的な指導を行う、保育者中心の「設定保育(一斉保育)」が主流でした。
大正時代に入ると、この画一的な指導への批判が起こり、子どもの自由な遊びを尊重する「自由保育」へと移行します。東京女子師範学校附属幼稚園の主事となった倉橋惣三は、形式化したフレーベル主義を批判し、子ども達の生活に基づいた保育(誘導保育論)を提唱しました。
フレーベル主義への見解
・影響と受容
倉橋惣三は、フレーベルの教育思想、特に子どもの自発性を尊重し、遊びを重要な教育法と捉える点、そして自然を貴重な教材とする点を高く評価していました。彼が勤務した東京女子師範学校附属幼稚園でも、開園当初からフレーベルの思想に基づく教育が行われており、倉橋自身もフレーベルの著作からその精神を深く学びました。
・批判と発展
一方で倉橋は、フレーベルの精神が形式的に受け継がれ、その方法が目的化してしまった「フレーベル主義」を批判しました。特に、フレーベルが考案した「恩物」と呼ばれる遊具の機械的な使用法に異を唱え、恩物による形式主義的な保育が子どもの自発的な遊びを妨げていると考えました。
彼は、真の恩物とは自然界にある木、草、石、砂、土、水などであり、これらを用いた戸外での自由な遊びを重視すべきだと主張しました。そして、恩物の使用をあくまで積木遊びのような自由な玩具として扱うよう改革しました。
倉橋は、フレーベルの深い精神を正しく理解し、それを批判的かつ創造的に発展させることで、彼独自の「誘導保育」という新しい教育法を考案しました。
誘導保育とは
誘導保育は、子どもが持つ「自ら育つ力」を大切にし、子どもが主体的に自由に遊ぶ中で「自己充実」を目指すという教育方針です。大人は、子どもの自己充実を促すために刺激を与え、適切な環境を整える役割を担うべきだと説きました。この考え方は、現在の『保育所保育指針』でも重視されている「自発性」にも通じるものです。
一斉保育と自由保育の議論
昭和60年代頃までは、保育の指導方法において「一斉保育」と「自由保育」が対立的に議論される傾向にありました。
一斉保育:保育者が指導のねらいを達成するために、クラス全体の子ども達に一斉に同じような経験や活動をさせる形態と認識されていました。一人の保育者が多くの子どもを計画的・能率的に指導できるメリットがある一方で、子どもの興味や欲求よりも保育者の意図が優先され、強制的な押しつけになりやすいという課題も指摘されていました。また、子どもが受動的になりやすく、自発性や積極性が育ちにくいという見方もありました。
自由保育:子ども達が活動を自由に選択することを原則とし、その中で保育者が保育のねらいに向けて指導する形態とされていました。ただし、これは無制限な自由ではなく、保育者が子どもの望ましい心身の発達を助長する環境を用意し、指導計画に基づいて行う活動の自由であると定義されています。
現代における一斉保育
近年では、保育所保育指針や幼稚園教育要領の改定により、子どもの主体的な遊びや学びが重要視されるようになりました。そのため、多くの園で自由保育が取り入れられる傾向にあります。
しかし、一斉保育が完全に過去のものになったわけではありません。一斉保育には、子どもの協調性を育む、社会性を養う、規則正しい生活リズムを学ぶといったメリットも依然として認識されています。
現代の一斉保育は、単に保育者の指示に従わせるだけでなく、計画的な活動の中で子ども達が学びを深め、集団生活の中で協同する力を育む場として実施されています。当園では、一斉保育と自由保育を組み合わせるなど、状況に応じて両方の良い点を取り入れた保育を行っています。保育士には、一斉保育の中でも子どもの主体性を引き出し、それぞれの個性や発達の段階に合わせた対応をする高度なスキルが求められています。
一斉保育には、以下のようなメリットも依然として認識されています。
協調性の育成:集団行動を通じて、子ども達は互いに協力し、社会性を身に付けます。
社会性の向上:ルールや規律を守ることを学び、集団の中での自分の役割を理解します。
計画的な学び:体系的なカリキュラムにより、特定の知識や技能を効率的に習得できます。
現在では、一斉保育と自由保育を組み合わせるなど、それぞれの良い点を取り入れた保育実践が行われています。保育士は、一斉保育においても子どもの主体性を引き出し、それぞれの個性や発達の段階に合わせた柔軟な対応が求められています。
一斉保育の誤解とは何?
一斉保育にはいくつかの誤解がありますが、主なものとしては「子どもの主体性を妨げる」という点と、「保育士が指示するだけの保育」という見方があります。
一斉保育の誤解とは?
1. 「子どもの主体性が育ちにくい」という誤解
一斉保育は、保育士が活動内容を決め、子ども達全員が同じ活動に取り組むため、子どもが自由に選択する機会が限られ、主体性や自主性が育ちにくいという見方をされることがあります。しかし、一斉保育の中でも、保育士の工夫次第で子どもの主体性を引き出すことは可能です。
例えば、当番活動やお手伝いを設けることで、子どもが自ら動く場面を意識的に作ったり、運動遊びで集団行動のルールを学ぶだけでなく、一体感を育むことで、子ども達が自ら楽しんで参加する気持ちを引き出したりすることが可能です。
2. 「保育士が指示するだけの保育」という誤解
一斉保育は「保育士が子どもに指導しやすい」というメリットがありますが、これは「指示するだけ」という意味ではありません。現代の一斉保育では、子ども達の興味や関心、発達段階に合わせて、保育士が活動を計画します。例えば、友達とのトラブルが多いクラスでは、協調性を育むための集団ゲームを取り入れたり、表現が苦手な子が多いクラスでは、ごっこ遊びなどを通して表現力を育んだりすることもあります。
また、一斉保育は、クラス全体が同じ目標に向かって取り組むことで、子ども同士の協調性を育み、一体感を醸成する良い機会となります。子ども達は、集団の中で他者のペースに合わせたり、社会的なルールを学んだりすることで、人間関係を築く力を養うことができます。
3. 「活動に偏りが出る」という誤解
一斉保育は、活動内容が決まっているため、子どもによって経験に差が出やすいという見方もありますが、これも保育士の工夫で補うことが可能です。例えば、苦手な活動に取り組んでいる子に対しては、保育士が必要な時に手伝ったり、ヒントを与えたりすることで、個々の子どもに合わせたサポートを行うことができます。
このように、一斉保育は、「保育士の管理が容易」「協調性や平等性を重視」という特性を持つ一方で、子ども達の主体性や創造性を育むための工夫が求められる保育形態です。現代の保育においては、「子どもが主体であること」が重視されており、一斉保育を行う場合でも、子ども達の状況に応じた柔軟な対応が求められています。