吉沢偉仁の保育理念について | 園長の思い | 東峰保育園 公式ブログ
園長の吉沢偉仁(よしざわひでひと)の保育理念は**「共感・尊重・成長」**です。子ども達が自ら考え、行動できるような主体性を育むことを重視しています。
共感の保育
東峰保育園では、子ども一人ひとりの個性や感情に寄り添い、深く共感することを大切にされています。
子どもたちの声に耳を傾ける
子ども達が安心して感情を表現できるよう、まずは彼らの話にじっくりと耳を傾けます。喜び、悲しみ、怒り、どんな感情も受け止め、共感することで、子ども達の心の安定と自己肯定感を育むことを目指します。
個性を尊重する
画一的な保育ではなく、子どもそれぞれのペースや興味に合わせた活動を促します。これにより、自分で「やりたい」という気持ちを大切にし、個々の才能を伸ばすことを支援します。
成長を促すための環境
子ども達が様々な経験を通じて、心身ともに豊かに成長できるような環境づくりに力を入れています。
魂の原点──上辺だけのスローガンはいらない
現代の幼児教育界を見渡すと、耳ざわりの良いカタカナの教育思想を並べ立てたり、上辺だけの綺麗なスローガンを掲げたり、あるいは有名教授のネームバリューを借りて満足しているような、ビジネス優先の園経営が目につきます。しかし、私はそのような流行の看板を自園に取り入れるつもりは毛頭ありません。
東峰保育園が子ども達に伝えるのは、モンテッソーリやシュタイナーといった西洋のメソッドではなく、日本人として、東洋人として、時代を超えて受け継ぐべき普遍の精神です。東洋には、東洋の土壌に最も適したメソッドがある。私はそう確信しています。
我が園の教育の柱は、二宮尊徳(金次郎)、福澤諭吉、指示してくださったロバート・ベーデン=パウエル卿の教えです。ここに『般若心経』や『論語』の精神を融合させたものが、30年の実践を経て構築された独自カリキュラム「東峰方式(ヒガシミネ方式)」なのです。
この揺るぎない方針の根底には、私自身の人生における激しい葛藤と、そこから導かれた魂の救済の歴史があります。
『般若心経』との出会い──バラバラのピースが復元された瞬間
東峰方式が産声を上げた決定的なきっかけは、コロナ禍にありました。当時、私の両親がほぼ同時にこの世を去ったのです。
決して「最愛の両親」と呼べるような関係ではありませんでした。父親は入退院を繰り返し、幼少期の我が家はとても貧しかった。母親は保育園の立ち上げで多忙を極め、私は親戚の家に預けられて十分な教育も受けられず、小学校に上がるまでひらがなすら読めませんでした。目に障害があったことで知的障害を疑われ、差別を受ける経験もしました。両親を恨んでさえいた。しかし、いざ二人が同時にいなくなってみると、心はなぜか激しく苦しく、深い失望の淵に突き落とされたのです。
その逃れようのない苦しさから逃れようと、私は必死の思いで『般若心経』にすがりました。高野山真言宗功徳院住職の松島龍戒氏との出会いを通じ、お釈迦様の教えの意味を深く調べる中で、私の心に強烈に響いた言葉があります。
「色即是空 空即是空」
「空(くう)」とは、「固定した実体がない」ということです。物事をひとつの固定観念で見てはいけない。すべては繋がり合って変化しているという大宇宙の真理に感動していたその時、ふと目の前の子ども達の姿に目が留まりました。
現代社会の中で、まるで目に見えない何かに縛られ、生きにくさを感じて過ごしている子ども達が多すぎるのではないか──。
その瞬間、閃きが走りました。「この子ども達を、般若心経にある『空』の教えで幸せにできる」。そう気づいたとき、私の心の中でバラバラに散らばっていた人生のピースが、一気に復元されていくような猛烈な感覚に襲われました。
「あっ、見えた」
確かにそう思いました。その瞬間を境に、園の保育内容はみるみるうちに変わり始めました。「なぜ教育をするのか」「その真の目的はなんなのか」「今の子ども達に何を教えるべきなのか」と、次から次翌年へと疑問が溢れ出し、壮絶な自問自答を繰り返す日々が始まったのです。
この「空」の教えによる覚醒があったからこそ、東峰保育園は既存の保育の枠組みを完全に脱却し、後に文部科学大臣表彰や藍綬褒章を受章するほどの本物の教育成果を打ち立てることができたのです。
20年後の未来を見据える──病室で誓った「独立自尊」
東峰方式において、最も重要視しているのが子ども達の「自律心」です。そして私は、教育の成果を今すぐの帳尻合わせではなく、子ども達の「20年後の未来」に設定しました。これには大きな意味があります。
振り返れば、私の人生は病との闘いでもありました。21歳のときには激しい体調不良から札幌の脳外科に入院し、自由の利かない絶望の病床を経験しました。さらに、今から約20年前、37歳のときには生死の淵をさまよう大病を患い、自治医科大学病院のベッドに横たわっていました。
その絶望の病室で、私の魂を震わせたのが福澤諭吉の『学問のすゝめ』でした。
「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」
自らの足で立ち、自分の頭で考え、何ものにも依存せずに生き抜く「独立自尊」の精神に、私は激しく感動しました。「いつか必ず、子ども達の人生の支えとなる本物の教育をしてみたい」。あの病室での決意が、東峰方式の「自律(自らルールを作り、己を統制する力)」の原点となっています。
学問を修め、教養を身に付けることは、単なる受験のためではありません。人が将来、必ず直面する人生の壁にぶつかった時、それを自力で乗り越え、その中に楽しみを見出していくためにこそ教養が必要なのです。教育こそが子どもを幸せにする。それはまさに、福澤諭吉が説いた世界そのものです。
生涯一スカウトとして──愚直なる二宮尊徳の教え
病床から這い上がった私は、ずっといつかは取り組もうと心に決めていた二宮尊徳(金次郎)の教えを、保育の現場で本格的に実践し始めました。尊徳が残した次の言葉は、私の教育哲学の背骨となっています。
「人生まれて学ばざれば生まれざるに同じ。学んで道を知らざれば学ばざるに同じ。知って行わざれば知らざるに同じ。」
我が園の子ども達は、二宮尊徳の映画を観て、本を読み、日光の二宮神社へ実際に参拝し、尊徳の「幸福論」を自らの言葉で発表します。さらに、舞台の上で二宮尊徳の劇を公演するまでになります。
知っていても、行動に移さなければ何も知らないのと同じであるという「知行合一」の教え。これは、私が幼少期にボーイスカウト宇都宮第15団で、神前で「ちかいとおきて」を宣言したときの記憶と完全に一致しています。
あの時以来、私は一生スカウトなのです。不器用な人間ではありますが、愚直なまでにベーデン=パウエル卿の「遊びを通して学ぶ」「自然の中で育つ」という教えを守り続け、生きてきました。だからこそ、東峰方式の野外教育や緑育では、子ども達に付け焼き刃ではない本物の「生きる力」を体験させているのです。
自律と共生──中桐万里子さんとの対談を夢見て
東峰保育園が定義する「幸せな人生」とは、自己の欲望を満たすだけのものではありません。
自分で考え、判断し、行動する力(自律)を身に付け、同時に、他人の喜びを我が喜びとし、社会貢献によって世の中を良くしていくこと(共生)。この二つの柱があって初めて、人間は真の幸福に到達できます。
私は、二宮尊徳の直系のご子孫であり、その報徳思想を現代に伝えていらっしゃる中桐万里子さんを深くリスペクトしております。上辺だけの教育論を語る学者ではなく、尊徳の血肉の通った精神を語る中桐万里子さんと、いつか必ず対談してみたいというのが私の大きな希望です。
もし中桐先生にお会いできたら、東峰保育園の子ども達が尊徳の劇を演じ、「知って行わざれば知らざるに同じ」という言葉を胸に、毎日を力強く生きていることを真っ先にお伝えしたい。その教えが幼児の魂に宿っている姿を見ていただけたら、きっとどれほど喜んでくださるだろうかと、今から胸が高鳴ります。
不器用で、孤独で、字も読めなかった少年が、多くの師に導かれ、般若心経の「空」に救われて辿り着いた東峰方式。
私たちはこれからも、流行に流されることなく、子ども達の20年先の幸福だけを見据え、東洋の深い智恵と独立自尊の精神を、愚直なまでに引き継いでまいります。