東峰保育園のコーチング
先日、発表会のリハーサルを見せてもらい、0才~2才の子どもの演目を見た感想や、今後の課題について、職員たちに園長より感想を伝えました。
それらについて、発表会の係を担当している副主任保育士がまとめましたので、そのリポートをこちらに貼り付けたいと思います。これが、東峰保育園でのコーチングです。
殻を破る勇気 〜「東峰保育園」で描く、心の地図〜
・どんな発表会にしたいのか?
・ターゲットは誰なのか?
・誰に向かって何を伝えたいの?
・今回のコンセプトは何?
・わざわざ時間を取って見に来た人の気持ちってどんな気持ちかな?
・孫の成長を楽しみにしている祖父母の気持ちってどんな気持ちかな?
来場者のそういった気持ちに応えるようにしなければならないのではないですか。
あえて舞台を借りてまでやるのだから、見に来た人に満足したものを作らないといけません。
子どもの名前を呼んで返事をさせるという、一般的な保育園の発表会は、ただの時間稼ぎでしかありません。
今の状況は、自分たちの保育の成果を発表したり、子どもの成長を見せられてはいません。
これが世間では当たり前のようになっているけれど、私の考える「舞台」ではそうではないのです。
発表会を数週間後に控えた日、園長から投げかけられた問いは、私の足元を静かに鋭く突き刺しました。園長は発表会のあり方について、その方向を指し示してくれました。そうすれば人の心を動かすステージが作れるはずですと。
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突きつけられたのは、私自身の迷いそのものでした。客席には、孫の成長を心待ちにしている祖父母の姿があります。その方たちが費やした時間や期待に対し、今の私たちの表現は果たして相応しい「対価」となり得るのでしょうか。見終わった後に「本当によかった」と心から合格点をいただけるものなのでしょうか。
正直に言えば、指摘を受けた直後の私の心に、それらを冷静に受け止める余裕はありませんでした。「どうやって形作っていけばいいのか」という焦りばかりが募り、園長や副園長からのアドバイスさえも、自分を責められているかのように感じてしまいました。自分の不甲斐なさから目をそらすように、「せめてあと数週間早ければ……」という「タラレバ」の思いが、何度も頭をよぎりました。
しかし、そんな私の頑な心を溶かしたのは、夏に受講した「劇団風の子」のワークショップでの記憶、そして目の前の子ども達の姿でした。表現の世界に「正解はない、ただ感じたままを体で表現し、楽しむこと」という言葉は、あの研修で、否定されることなく受け入れられ、私の動きが次第にダイナミックになり、自然と笑顔がこぼれた時のものでした。あの感覚こそが、子ども達に伝えたかった真実です。
それなのに、いざ指導する立場に立つと「発表会=形になったものを見せなければならない」という固定概念の檻に、自ら閉じこもっていました。大人が子どもを動かしやすいように、過去のレールをなぞるだけの構成。それは子ども達の心ではなく、私の「安心」のための計画に過ぎなかったのだと痛感しました。
チェックの最中、子ども達が自由に走り回った瞬間、そこには生命力溢れる笑顔が弾けていました。「そういう表情が出る内容が良いんだよ」と園長のその言葉がありました。
アドバイスを聞くうちに、園長の真意を汲み取ることができました。子どもが心から楽しめる内容に変えようと決めた瞬間、あれほど重かった気持ちがスッと楽になりました。
振り返れば、別の行事でもコンセプトを大切に動いていたはずでした。喉元を過ぎれば忘れてしまっていたその学びを、改めて自分の中に刻み直しました。私が感じたこの心の変化を、経験年数の浅い職員たちにも丁寧に伝えたいです。自分一人で抱え込むのではなく、「同じ方向を向こう」と声をかけ、協力し合える体制を整えました。
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ただ言われたことだけを実行するのではなく、東峰保育園では職員自身が考えて動くこと…すなわち主体性が求められます。「東峰保育園ならではの発表会」とは、大人が用意した正解をなぞることではありません。固定概念を脱ぎ捨て、子どもも職員も内なる感情を解き放ち、笑顔が溢れ出す場を作ること。その熱量こそが、保護者や祖父母の方々に「この園に預けて本当に良かった」という確信と安心を届けるのだと信じています。
自分の不甲斐なさを認め、学びへと変えた今、私の視界はクリアになりました。子ども達のありのままの笑顔が、見に来てくれるすべての人に届けられるように若い職員たちと共に、新しい幕を上げるための挑戦を続けていきたいです。