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栃木県宇都宮市東峰1丁目7-15

光の当たる場所の、その影で ~挫折と再生の30年、私たちが伝え続けたい教育の真実~ | 園長:吉沢偉仁の思い | 東峰保育園 公式ブログ

先日、栃木県議会議員の大久保ゆみさんとお話しする機会がありました。その際、大久保さんから「吉沢園長先生は、ずっと順風満帆に、何の苦労もなく実績や成果を積み重ねてこられたと思っていました」という温かいお言葉をいただきました。


外から見える姿や、文部科学大臣表彰をはじめとする数々の受賞歴、あるいは藍綬褒章といった公的な栄誉だけを見れば、そう感じられるのも無理のないことかもしれません。

しかし、現実は全く違います。

むしろ私は、人よりも遥かに多くの失敗をし、誰にも見せない涙を流し、自分の無力さに打ちのめされながら、逃げ場のない現実の中で必死にもがき続けてきただけの、不器用な一人の人間に過ぎません。


なぜ東峰保育園は、飾らない長い言葉で教育への想いを発信し続けているのか。


今回は、これまであまり多くを語ってこなかった私の「挫折と再生の歩み」を通して、私たちが日々の保育やブログに込めている本当の想いをお話ししてみたいと思います。


                               


私は23歳で保育の世界に入り、25歳という若さで園長職を引き継ぎました。右も左も分からぬまま、先代の想いを背負い、「子ども達のために質の高い本物の保育を創りたい」と無我夢中で駆け抜けていた30代前半。日本財団様からの助成をいただき、園舎を新築移転するなど、一見すると事業は軌道に乗っているように見えていたかもしれません。


しかし37歳の時、私の人生を根底から覆す過酷な試練が訪れました。


突然の重病に見舞われ、医師から告げられたのは、一生治ることのない難病であるという冷徹な現実でした。激しい苦痛の中で死を身近に覚悟し、それまで築き上げてきた自信も、これからの未来への希望も、すべてが一瞬にして音を立てて崩れ去りました。


「なぜ、自分がこんな目に遭わなければならないのか」

「なぜ、志半ばでこんな重荷を背負わされなければならないのか」


病室の天井を見つめながら、絶望の暗闇の中で自問自答を繰り返す日々。逃げ出したいと思っても、病からは逃げられない。逃げ場を完全に塞がれた極限状態の中で、私はひたすら苦しみに耐えるしかありませんでした。


                               


生きる希望を失いかけていた入院中、私の手元にあったのが福澤諭吉の『学問のすゝめ』でした。


病床でその頁をめくった時、雷に打たれたような衝撃を受けました。


そこに書かれていた「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」という真意、そして「自立した一人の人間として、自分の力で人生を切り拓いていくための実学の重要性」が、苦しみの底にいた私の心に猛烈な光を灯したのです。


「人生には、自分の思い通りにならない理不尽や過酷な試練が必ず訪れる。


その時、誰かの指示を待つだけの人間や、環境のせいにして逃げる人間になってしまったら、人は生きていけない。


どんな逆境にあっても、自分で考え、自分で選択し、失敗しても立ち上がる『自立の力』こそが、人が真に幸せに生きるための土台なのだ」


病が治らないのであれば、この不自由な身体と共に生きていくしかない。


残された時間に限りがあるのなら、40代は一切の悔いを残さず、子ども達の未来のために命を使い切ろう――。


病床での深い内省と覚悟が、私の教育観を根底から生まれ変わらせる原点となりました。


                               


40代を迎え、私は現場で新たな挑戦と試行錯誤を重ねました。アドラー心理学を取り入れ、二宮尊徳の精神を学び、言葉の教育や身体づくりを一つひとつ現場に落とし込んでいきました。しかし、それは決して平坦な道のりではありませんでした。


新しい教育手法を導入しようとすれば、周囲からの反発や誤解に直面し、信じていた人に去られる悲しみも味わいました。理想を形にしようとするたびに壁にぶつかり、「自分のやり方は本当に正しいのだろうか」と、夜も眠れずに一人で自問を続ける日々でした。


そして51歳の時、私をずっと支え、導いてくれた両親との相次ぐ別れが訪れました。


深い悲しみと孤独の中で、私は「先代から受け継いできた命のバトン」の重みを改めて噛み締めました。


親が子に遺せる最高の財産とは、お金や地位ではなく、「いかなる時代、いかなる困難にあっても、自分の足で力強く生きていける確かな生きる力」に他ならない。


30余年に及ぶ学び、挫折、重病との闘い、そして大切な人との別れ――。そのすべての痛みが一本の線となって繋がり、子ども達の20年先の幸せを見据える総合教育体系「東峰方式(知育・体育・徳育・緑育・食育+才育)」として花開いたのです。


                               


長年にわたる児童福祉への取り組みを評価いただき、国より藍綬褒章を受章させていただいた時、私が胸に抱いたのは誇らしさや達成感ではありませんでした。


「あんなにも多くの失敗を重ね、病に倒れ、もがき苦しんできた不器用な自分が、ここまで生かされ、歩んでくることができた」


そのことへの深い感謝と同時に、このステージに立たせていただいたからこそ果たすべき「社会に対する重い責任」が、はっきりと見えたのです。


幼児教育の現場は今、表面的な流行やマニュアル、あるいは大人の都合に流され、子どもの本質的な育ちを見失いそうになる危機に直面しています。


だからこそ、私は自慢をするためではなく、「教育とは何か」「子ども達に手渡すべき本当の生きる力とは何か」という本質を、現場の生きた言葉で社会に発信し続けなければならないと強く決意いたしました。


                               


東峰保育園のブログや動画をご覧になった方から、「熱意がすごい」「文章から強い覚悟が伝わってくる」と言っていただくことがあります。


当園の発信は、決して園を良く見せるための宣伝ではありません。


現場で保育士たちが悩み、指示待ちの自分から殻を破ろうともがく姿。子ども達が転んでも泣き止み、もう一度挑戦しようとする真剣な眼差し。それらはすべて、私自身が挫折を味わい、逃げずに立ち上がってきたからこそ、誰よりも尊く、愛おしく感じる「人間の生きたドラマ」そのものです。


「失敗してもいい。環境や他人のせいにせず、自分と向き合って改善していけば、必ず道は開ける」


園長がその生き様を背中で見せ、保育士が自立した教育者として成長し、その温かな眼差しの中で子ども達が自律の心を育んでいく。この「大人も子どもも共に成長し続ける三層の循環」こそが、東峰保育園の真実の姿です。


                               


人生には、時に思いもよらない困難や、逃げ出したくなるような試練が訪れます。


しかし、どんな挫折の中にあっても、前を向いて歩みを止めなければ、その苦しみは必ず誰かを照らす温かな光へと変わります。


今、子育てに悩んでいる保護者の皆様。


保育の現場で自分の至らなさに涙を流している保育士の皆さん。


どうか、目の前の失敗や困難を恐れないでください。


東峰保育園はこれからも、子ども達の20年先の幸せな未来を見つめ、皆さんと共に悩み、共に学び、一歩一歩誠実に歩み続けてまいります。

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