20年の時を経て、親として、保育士として確信した本物の教育 4年目のYさん | 教えて先輩 | 東峰保育園 公式ブログ
私は東峰保育園に再就職して4年目になります。再就職後は幼児組を3年間経験し、昨年度は年長児の担任として子ども達を送り出しました。
今でこそ「東峰の保育が楽しくて仕方がない」と胸を張って言える私ですが、ここに至るまでには20年以上の遠回りと迷走がありました。一度は保育の夢を完全に諦め、現場から逃げ出した人間だったからです。
1. 夢の挫折と、一度捨てた保育士への道
子ども達と一緒に成長を喜び合える先生になりたい──。それが幼い頃からの私の誇りある夢でした。憧れを抱いてピアノを習い、高校から短大へと迷わず進学しました。
しかし、その夢は短大時代の実習先で木っ端微塵に打ち砕かれました。そこにあったのは、先生同士の険悪な人間関係と、そのしわ寄せで伸びやかさを奪われている子ども達の姿でした。さらには、大人の都合で決められたスケジュールを事故なくこなすだけの「管理型の保育」。
「私が思い描いていた憧れの保育は、ただの幻想だったのかもしれない」
大きなショックと絶望を感じた私は、卒業と同時に保育の道を完全に諦め、一般企業や医療機関へと就職しました。
その後、一般企業で働きながら結婚・出産を経験しました。他者とのコミュニケーションや相手のニーズを先回りして考える社会人としての経験、親として我が子と向き合った日々は、今振り返れば決して無駄ではありませんでした。しかし、心の奥底には「不完全燃焼のまま捨ててしまった夢」への不完全な思いが、ずっと残り続けていたのです。
2. 保護者として出会った「東峰保育園」という衝撃
そんな私を、20年の時を経て再び保育の世界へと引き戻してくれたのが、我が子を預けることになった東峰保育園でした。
当時の東峰保育園で見た光景は、私がかつて実習先で見た「暗く重い現場」とは全く異なっていました。子ども達は目を輝かせ、ユーモアあふれる表情で毎日のびのびと過ごし、先生方は一人ひとりの子どもの可能性をどこまでも信じて大切に関わっていました。涙を流すことがあっても、それ以上に「できた!」という達成感と喜びに満ちあふれていました。
小学校に入学した我が子が「保育園のほうがずっと楽しかったな」とつぶやいた時、親として胸が熱くなると同時に、激しい衝撃を受けました。
「大人の都合で管理するのではない、本当の教育がここにある。私もここで、この先生達と一緒に保育がしたい!」
短大卒業から20年。一度は諦めたはずの情熱が、東峰保育園という場所で再び激しく燃え上がった瞬間でした。
3. 他園での違和感と、自らの意思で叩いた東峰の扉
東峰保育園で最初に2年間勤務させていただきましたが、当時の家庭状況や子育てとの両立に悩み、一度退職して別の保育園でパートとして働いた時期もありました。
しかし、そこで再び「昔の壁」にぶつかることになります。毎年同じ行事をただマニュアル通りに繰り返し、決まった枠の中に子ども達を当てはめる「ゴールの見えた保育」。正職員とパートの間に横たわる冷たい壁。
他園を経験したからこそ、私ははっきりと気付くことができました。
「決められた作業をこなすだけの保育では、子ども達の未来の根っこは育たない。私が人生をかけてやりたいのは、東峰保育園の保育なのだ」と。
私自身、子育てをする中でも「間違えてもいい。遠回りしてもいい。迷いながらでも、自分で考えて挑戦することに無駄はない」ということを大切にしてきました。子ども自身が考え、自分で決め、決めたことに向かって試行錯誤しながら行動する。たとえ思い通りにいかなくても、そこからまた考え、挑戦する。その一つひとつの経験こそが、人生を自分の力で歩んでいくための「生きる力」に繋がると実感してきたからです。
振り返れば、これは私自身の人生そのものでもありました。保育から一度離れたことも、他園で迷ったことも、決して無駄ではありませんでした。悩み、迷い、自分自身の足で考え抜いて選択したからこそ、今の私があります。
園長先生から教えていただいた、哲学者・森信三先生の『単に知識を教える教師にとどまるのか、それとも子どもの生き方や魂にまで関わる教育者となるのか』という言葉に触れたとき、胸が震えるような感動を覚えました。まさに私がずっと探し求めていた保育の答えが、そこにありました。
ただ決められた答えに導いたり、知識を教え込んだりするのではない。子ども達が自分で考え、自分で決め、失敗してもまた立ち上がって挑戦する。その過程に寄り添い、その子の20年先の未来まで見つめながら心に火を点していく。それこそが、私がやりたかった保育であり、東峰保育園で大切にされている「教育者」としての姿勢なのだと確信しました。
もう誰かの指示を待つのではなく、自立した「教育者」として歩む覚悟を決めて、私は再び東峰保育園の扉を自ら叩きました。
園はそんな私を温かく迎えてくれ、指導計画などの不安にも寄り添ってくれました。業務のデジタル化や残業の少なさ、有給休暇の取りやすさといった「家庭と仕事を両立できる環境」が整っていることも大きな救いでしたが、何より嬉しかったのは、「大人の押し付けではなく、子ども達と一緒に本気で保育をつくり上げていける環境」がここにあることでした。
設定のある自由保育の中で、子ども達の「やってみたい!」という思いに大人が本気で応え、一人ひとりの可能性を引き出していく。子ども達のキラキラとした目の輝きに触れるたび、「遠回りしたけれど、この場所に戻ってきて本当によかった」と心から思えるようになりました。
4. 20年後の我が子の姿が証明してくれた「東峰方式」の正しさ
今、私の子ども達は大きく成長しました。一人は大学院を卒業して社会人2年目となり、もう一人も医療系大学で学びながら、自分の将来を見据えて歩んでいます。
自立し、自分の力で人生を切り開いている我が子の姿を見ていると、20年前に東峰保育園の園庭を駆け回っていた幼い頃の姿が、鮮やかによみがえってきます。
自分で考え、自分で選び、壁にぶつかっても自力で乗り越えていく力──。
20年経った今だからこそ、心から確信を持って言えます。東峰保育園が実践している「東峰方式」の教育は、その場限りのパフォーマンスではなく、「子ども達が20年後の未来を力強く生き抜くための、一生モノの土台」になっていたのだと。
親としてその圧倒的な成果を目の当たりにしたからこそ、私は今、目の前にいる園児達の「20年先の未来」を本気で思いながら、日々の保育に向き合っています。
5. 保育士を目指す皆さんへ──簡単に夢を諦めないでほしい
実習や就職活動の中で、「自分の思っていた保育と違う」「現場の人間関係が辛い」と壁にぶつかり、夢を諦めそうになっている方もいるかもしれません。私自身もまさに、一度はそこから逃げ出した人間でした。
でも、どうか一つの失敗や、一つの園の姿だけで「自分は保育士に向いていない」と絶望しないでください。
世の中には様々な園があります。大切なのは、条件や表面的な飾りに惑わされず、実際に自分の目で見て、先生たちの表情や子ども達の目の輝きを感じ、「ここなら自分も教育者として成長できる」と思える本物の場所を見つけることです。
私にとって、20年の遠回りを経て辿り着いたその場所が、東峰保育園でした。
子どもの「やってみたい」を本気で受け止め、共に笑い、その子の20年先の幸せな成長を心から楽しみにできる。保育士は、自分の人生をも豊かにしてくれる本当に素晴らしい仕事です。
もし、あなたが「本物の保育がしたい」と願うなら──ぜひ一度、東峰保育園の扉を叩いてみてください。いつか皆さんと一緒に、子ども達の未来を育める日を楽しみにしています。
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