「地頭がいい子ども」を育てるコツ
東峰保育園では、「地頭が良い」という状態をIQだけでなく、心の知能指数であるEQも高め、幸せな人生を歩むことを最終目標としています。
東峰保育園が目指す「地頭が良い子」
東峰保育園が考える「地頭が良い子」とは、学力だけでなく、心の豊かさや人間力を兼ね備え、変化の激しい現代社会を生き抜く力を指します。
高いEQ(心の知能指数)の育成
東峰保育園では、学力よりも心の豊かさであるEQが重要だと考えています。EQを高めることで、以下のような力が育まれます。
意欲:何事にも前向きに取り組む気持ち
忍耐力:困難な状況でも諦めずに続ける力
自制心:自分の感情や行動をコントロールする力
協調性:他者と協力し、共に目標を達成する力
社会性:社会の中で適切に行動し、他者と良好な関係を築く力
これらの心の力は、AIがどんなに進化しても人間にしか持ちえない強みであり、幸せな人生を送る上で不可欠だと考えています。
問題解決能力の向上
予測できない問題に直面した際に、自分で考え、解決策を見つけ出す力も重要視しています。東峰保育園では、子ども達が自ら考えて行動する機会を多く設けることで、この能力を育んでいます。
自ら問いを立てる:「なぜ?」「どうして?」と疑問を持つ習慣
多角的な視点:一つの問題に対して様々な角度から考える
試行錯誤:失敗を恐れず、何度も挑戦する粘り強さ
困難を乗り越えるレジリエンス
逆境に直面しても、それを乗り越え、立ち直る心の回復力であるレジリエンスも重視されています。社会に出て遭遇する困難や失敗に対し、前向きに進む力が求められます。
自己肯定感:自分の良いところも悪いところも受け入れる
挑戦と失敗の経験:失敗から学ぶ
東峰保育園独自の「東峰方式」
東峰保育園では、「東峰方式(ヒガシミネ方式)」という独自の保育法を考案し、実践しています。この方式は、テストの点数では測れない「非認知能力」(自立的思考・行動能力)の育成に力を入れています。
「できた!」を「好き」に変える働きかけ
「東峰方式(ヒガシミネ方式)」は、「できた!」という経験を通じて子どもたちの「好き」を見つけることを大切にしています。この「できる」のスイッチを押すために、少人数制で一人ひとりの特徴を把握し、その子に合った能力の伸ばし方を行っています。
この「できる」のスイッチを察知し、後押しするタイミングを見極められる、この感覚こそが「東峰方式(ヒガシミネ方式)」の熟練の技となります。これは、一朝一夕で身に付くことはなく、園長の指し示すステップを踏んで習得することができます。
読書による生きる基礎の育成
「読む」ことは生きる基礎であり、他者への感情の理解、創造力、問題解決能力、コミュニケーション能力など、生きていく上で必要な能力を育むと考えています。読書力をつけることは、あらゆる勉強の基礎となり、人生の様々な局面で重要な役割を果たすとされています。
成功体験を通じた自信の育成
こつこつと努力を重ね、「できた」が増えることで、子どもたちは自信をつけ、大きく成長していくと考えています。
東峰保育園では、子ども達が自分でルールを作り、自分の行動をコントロールする「自律心」を育むことに重点を置いています。これは、単に自立するだけでなく、将来の夢を自分の力で掴み取れる人間に育ってほしいという願いに基づいています。
東峰保育園では、「子どもはみんな天才」「天才が育つ指導法」などと、安易に「天才」と言う言葉を使ったりはしません。
「二宮金次郎の幸福論」にあるように、人間は皆、空っぽのたらいのような状態で生まれてくる。つまり 最初は財産も能力も何も持たずに生まれてくる。その真っ新な状態から、どうしてそれぞれの道に分かれていくのだろうと考えると、福沢諭吉の『学問のすすめ』を読むと見えてきます。
「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と言えり。(中略)されども今、広くこの人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり、貧しきもあり、富めるもあり、貴人もあり、下人もありて、その有様雲と泥との相違あるに似たるはなんぞや。その次第はなはだ明らかなり。『実語教』に、「人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なり」とあり。されば賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとによりてできるものなり。また世の中にむずかしき仕事もあり、やすき仕事もあり。そのむずかしき仕事をする者を身分重き人と名づけ、やすき仕事をする者を身分軽き人という。
──『学問のすすめ』より引用
『学問のすすめ』冒頭のメッセージ
福澤諭吉の代表作である『学問のすすめ』の冒頭は、「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言えり」という有名な一文で始まります。この言葉は、人間は生まれながらにして身分の上下や貴賎の差別がなく、万人すべてが平等であるという考えを示しています。
平等と学問の関連性
しかし、この人間の世界を見渡すと、賢い人や愚かな人、貧しい人や富める人、身分の高い人や低い人がおり、その間に大きな違いがあるのはなぜだろう、と福澤諭吉は問いかけます。その答えは「学ぶか学ばないか」にあると彼は明確に述べています。つまり、生まれつきの差ではなく、学問を修めるかどうかによって、個人の能力や社会的地位、経済的な状況に違いが生まれるということを伝えているのです。
実学の重要性
福澤諭吉は、ここで言う学問とは、単に難しい漢字を覚えたり、古文を読んだり、和歌や詩を作ったりするような世の中の役に立たない文学のことではない、としています。むしろ、日常生活に役立つ実学こそが、個人の独立や国家の発展にとって重要だと説いています。
「頭がいい子」は学ぶ子
だから、東峰保育園では安易に「天才」という言葉は使わず、「賢い子」「地頭がいい子」「優秀な子」という表現を使っています。だからこそ、子どもの「自律心」を育てる教育の重要性を訴えているわけです。